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札幌高等裁判所函館支部 昭和41年(行コ)1号 判決 1967年1月30日

控訴人(原告) 丸金運輸株式会社

被控訴人(被告) 北海道開発局長

訴訟代理人 山本和敏 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三七年一〇月五日控訴人に対してなした、負担金は一二七万五一一七円とし、北海道開発局函館開発建設部徴収官の発行する納入告知書により納入すること、履行期限は昭和三七年一一月三日までとする、との原因者負担金負担命令を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、次に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

控訴代理人は「本件原因者負担金の負担義務者たるべき者は、ひとり控訴人に止まらないところ、負担金が租税と同じく公法上の金銭給付義務であることに鑑みれば、負担金の負担義務者たるべき者が二人以上ある場合においては各負担義務者に按分してこれを負担せしめるべきであつて、そのうちの一人を選んでこれに全部の負担を命じ、あとは義務者間の内部関係として処理すべしとすることは許されない。そして、負担義務者を誤り、または数人の負担義務者ある場合に各義務者に割り当てるべき負担の額を誤つた場合は、違法の賦課たることを免れない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

第一、被控訴人が控訴会社主張の日に控訴会社に対しその主張の内容の原因者負担金負担命令を発したこと、控訴会社がその主張の日に建設大臣に審査請求をし、同大臣が控訴会社主張の日に右審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決謄本がその頃控訴会社に送達されたことは当事者間に争いがなく、本件訴が右裁決のあつた日から三カ月以内の昭和三九年七月一七日提起されたことは記録上明らかである。

第二、よつて右命令の適否について判断する。

一、1、まず、昭和三六年八月一七日、当時控訴会社の被用者であつた運転手岩沢一徳が、普通貨物自動車を運転して北海道開発局所管の二級国道小樽江差線瀬棚郡北檜山町字長渕地内の真栄橋を通過する際、運転上の過失により同橋の一部を損壊したことは当事者間に争いがなく、道路管理の権限を有する被控訴人が右損壊部分の修復工事を行つたことは控訴人の明らかに争わないところである。

2、次に、原審証人徳山千代治の証言により成立を認めうる乙第一ないし第四号証、成立に争いのない乙第一七号証の一、二、三、同第一八ないし第二〇号証、原審証人徳山千代治、当審証人山田亨、同梅本泰男、当審鑑定証人外崎忍の各証言を総合すると、右修復工事は、昭和一五年一一月内務省制定の「木道路橋設計示方書案」による設計に基づいてなされたものであるが、北海道開発局において昭和三六年度から三カ年計画で恒久的な新真栄橋を構築する計画があつたところから、修復工事は耐用年数を二、三年と予定し、損壊(落橋)前と同様荷重五トンに耐えるにすぎない仮橋を構築するにとどめ、かつ、できる限り工事費を低れんにするため、木造ポニートラス一連二二メートルと桁橋一連五メートルの合計二七メートルであつた落橋部分をポニートラス型式によらずすべて桁橋型式で修復することにし、また仮橋にすぎないところから、これに使用する木材の許容応力度(曲げ強度)は前記示方書案に定められている九〇kg/cmxの二倍をもつて標準とし、衝撃係数も右示方書案に定められている〇・二五の半分に見積つて設計し、可能なかぎり、従前使用されていた木材を利用して工事を施行したこと、右工事費の算出は昭和三六年六月六日建設省告示第一一二七号「建設機械の日基準貸付料および日基準実働時間」、昭和三五年一一月一二日建設省発道第七五号建設事務次官通達「道路整備特別会計における附帯工事の事務取扱要綱の制定について」同日道発第五二五号道路局長通達「道路整備特別会計における附帯工事の事務費の率について」等に基づいてなされたのであるが、その結果工事費総額は一二八万四七〇四円となつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、1、ところで、道路法第五八条第一項は「道路管理者は他の工事又は行為により必要を生じた道路に関する工事の費用については、その必要を生じた限度において、他の工事又は行為につき費用を負担する者にその全部又は一部を負担させるものとする。」と規定している。右条項にいわゆる「他の行為」が「道路を損傷した行為若しくは道路の補強、拡幅その他道路の構造の現状を変更する必要を生じさせた行為」をいうものであることは同法第二二条第一項により明らかなところであるが、右にいわゆる「他の行為につき費用を負担する者」とは、行為者が同時にその行為につき費用を負担する者であるときはその行為者、直接行為者のほかにその行為につき費用を負担すべき者があるときはその費用負担者をいうのであり(同法第二二条が道路に関する工事以外の工事又は道路の損傷行為等により必要を生じた道路に関する工事の施行命令の施行義務者を当該工事の執行者又は当該損傷行為者等と定めながら、同法第五八条において右の工事又は行為により必要を生じた工事費用の負担義務者を工事又は行為につき費用を負担する者としたのは、一方当該工事の執行者又は当該行為者に直接速やかに復旧工事をなさしめるのが便宜かつ妥当な場合のあること、他方当該工事の執行者又は当該行為者が当該工事又は行為につき費用を負担する者と異なる場合のあることを考慮したものと解せられる)、したがつて当該損傷行為が被用者によりある事業の執行につきなされた場合におけるその事業主はこれに該ると解すべきである。そして、当該損傷行為がある事業の執行につきなされたかどうかは、広く当該行為の外形を捉えて客観的に観察し、事業主の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するとみられるか否かによつて定むべきものと解するのを相当とする。

本件についてこれをみるのに、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、原審証人奥村繁雄、同樋口時正、同大西孝吉、原審および当審証人岩沢一徳、当審証人小野浩の各証言、原審控訴会社代表者本人尋問の結果および本件弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

控訴会社はトラツクを用い運送業を営む会社であること、奥村土木こと奥村繁雄は瀬棚郡北檜山町字貉岱において道路工事を施行していたが、これに使用するため、当時上磯郡木古内町にあつた同人所有の三菱BD一一型ブルドーザーを貉岱まで運送すべく昭和三六年八月はじめ、樋口時正を通じ、控訴人に右運送方を依頼したところ、控訴会社代表者は貉岱に至る途中にある本件真栄橋が脆弱で危険だとの理由でこれに応じなかつたこと、その後接衝の末、同年八月一二日ごろ、控訴会社と奥村繁雄との間に右ブルドーザーの排土板、アームを取りはずした本体を貨物自動車で、木古内町から函館市、森町、八雲町を経て、貉岱より約六〇キロメートル手前の瀬棚郡今金町字日進所在の日進小学校前まで(全行程約一五〇キロメートル)運送する旨の契約が成立したこと、右契約にしたがい、控訴会社代表者は被用者である岩沢一徳に右ブルドーザーの運送を命じ、同人は同月一七日控訴人所有の貨物自動車に右ブルドーザーの本体を積載し、木古内町から日進小学校前に向つたのであるが、同車には日進小学校前から貉岱までの間は、該ブルドーザーを奥村土木のブルドーザー運転手に自ら運行させるべく同人を同乗させ、また八雲町からは日進小学校附近の地理にくわしい前記樋口時正も同乗したこと、一方ブルドーザーの本体から取りはずした排土板、アームは、別途、横山組の貨物自動車に積載し、貉岱に向け、岩沢の運転する貨物自動車に先行して走つていたこと、ところで、岩沢は、当初運送区間は木古内町から日進小学校前までである旨の指示を受けていたのであるが、ブルドーザーを卸す場所についての具体的な指示がなかつたことや、その数日前控訴会社の作業用黒板に「大型一台貉岱」と書かれていたことから、目的地が日進小学校前であるか、貉岱までであるかにつき確信のないまま、ただ控訴会社代表者から「排土板を積んだ車と一緒に行くことになつているから必ずそのあとをついて行く。樋口も道案内して行くから。」といわれたのをたよりに漫然進行していたため、樋口の指示のないまま日進小学校前を通り過ぎ、その後は樋口の指示にしたがつて約三〇キロメートル進行し、真栄橋に至り本件損傷行為を惹起するに至つたこと

以上のとおり認められる。当審証人岩沢一徳の証言により成立を認めうる甲第五号証には右認定に反する記載があるが、右証言により明らかな同号証の作成経緯に徴すれば、これをたやすく採証の用に供することはできない。そして他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、岩沢一徳は控訴会社の業務命令に基づき控訴会社所有の貨物自動車に右ブルドーザーを積載して運送行為に従事していたものであつて、日進小学校前から真栄橋に至るまでの運行は右業務命令に反するものであるとはいえ、それは控訴会社と岩沢との間の内部関係に属するものに過ぎず、右の運行は依然外形的客観的にはなお同人の職務の範囲内の行為たることを失わないから、その結果惹起された本件損傷行為は控訴会社の事業の執行につきなされたものと認めるのを相当とする。

したがつて、控訴会社が本件原因者負担金の負担義務者であることは明らかである。

2、この点につき控訴人は、控訴人において岩沢の選任監督について何らの過失がなかつたから、本件負担金の負担義務者ではない旨主張するので判断する。

本件原因者負担金負担命令は道路法第五八条第一項の規定に基づき発せられたものであることは当事者間に争いがなく、その負担金が国税滞納処分の例により強制徴収されるものであることは同法第七三条により明らかである。したがつて本件原因者負担金の賦課徴収は背後に強制力を伴う公の権力的作用すなわち権力的支配関係に属する作用といわなければならない。そうしてこのような権力的支配関係に属する公法関係については、対等関係たる私法関係を規律する私法規定の直接的適用ないし類推適用は原則として許されないものと解すべきである。もとより、私法規定が法一般の原理の表現であるときは、その趣旨は、右にいう公法関係においても斟酌さるべきこと当然であるが、原因者負担金負担命令につき民法第七一五条第一項但書の趣旨を斟酌して、被用者に対する選任監督上の過失がないときは、事業主を免責せしむべきであるとする合理的な根拠を見出すことはできない。したがつて控訴人の右主張は採用できない。仮にその類推適用を認めるとしても、二、1に認定した事実に、当審証人岩沢一徳の証言により成立を認めうる甲第四号証の一、二、三、その方式および趣旨により成立を認めうる乙第五号証、成立に争いのない乙第一六号証、原審証人大西孝吉、原審および当審証人岩沢一徳、当審証人小野浩の各証言、原審控訴会社代表者尋問の結果を総合すると、控訴会社は本件ブルドーザーの運送につき運転手としてかつて日進方面を運行したことのある岩沢を選び、出発の前日に控訴会社代表者および大西孝吉が地図(甲第一号証)を示して経路を指示したのであるが、ブルドーザーを卸す場所についつては具体的指示をすることなく、樋口が道案内に行く旨告げたに止まつたこと、そして、前認定のとおり、その数日前控訴会社の作業用黒板に、「大型一台貉岱」と書かれていたため、岩沢は目的地が日進小学校前か貉岱か確信のないまま本件運送に従事し、日進小学校前を通過し、真栄橋まで進行したこと、本件運送に使用した貨物自動車の自重は六・一八トン、最大積載量は七・五トンであるが、積載したブルドーザーの本体(トラクター)の重量は約八・九トンであつたため、車両総重量は一五トン以上に達したこと、当時真栄橋には五トンの重量制限の標識が設置されていたが、岩沢はそれを知りながら右橋上を通過しようとして本件損傷行為をなすに至つたことが認められるのであつて、右の事実によれば、控訴会社が被用者たる岩沢の選任監督につき過失がなかつたということができないことは明らかであるから、控訴人の上記主張の採用できないこと同断である。

三、次に、原審証人徳山千代治の証言により成立を認めうる乙第一〇、一一号証、原審証人徳山千代治の証言、および本件弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は一、2に認定した工事費合計一二八万四七〇四円から、右工事に使用しなかつた古材および古金物を、古材については昭和三七年五月の瀬棚地方における雑薪の価額の半額により、古金物については右同月の函館における古鉄一級品の価額により評価した古材七七五六円〇八銭古金物一八三〇円七八銭合計九五八六円八六銭を控除し、その残額一二七万五一一七円(円未満切捨)を控訴人の負担すべき負担金と定め、その全額の負担を命じたことが認められるところ、控訴人は、真栄橋は一般通行の用に供され、これを利用する者がすべてある程度においてこれを損傷し、落橋の一因を与えたものであつて、岩沢の行為のみが唯一の原因とはいえないから、控訴人に工事費用の全額を負担させることは失当である旨主張するので、判断する。

なる程、道路は一般通行の用に供される交通の設備であるから、その用法上の使用により道路を損傷することがあつても、これが為に要する維持修繕の費用は、原則として道路管理者が負担すべきもので、道路の一般使用者がこれを負担すべき筋合ではない(道路法第四九条)。また、受益者負担の見地から、特に道路を損傷する原因となるべき事業をなす者に道路法第五八条によつてこれを負担せしめ得るとしても、該損傷が道路の通常の用法にしたがつた利用の結果生じたものであるかぎり、当該損傷者のみがその費用を必要ならしめた唯一の者とはいい得ないから、その全額をこれに負担せしめる理由はないといわなければならない。しかし、損傷が通常の用法にしたがつた利用の結果ではなく、通常の用法を逸脱して使用し、あるいは管理者の指示した制限に反して使用した結果生じたものである場合には、その者がその費用を必要ならしめた唯一の者というべきであるから、これにその全額を負担せしめるのが原因者負担を規定した道路法第五八条の趣旨に適うところである。

そこで、本件についてこれをみるのに、本件真栄橋の損傷が、控訴人の事業の執行につきなされ、しかも通常の用法および管理者たる被控訴人の定めた制限に反してこれを利用した結果生じたものであることは上来判示したとおりで、したがつて控訴人は本件修復工事費用を必要ならしめた唯一の者といい得べく、しかも被控訴人が控訴人に負担を命じた額が必要以上の冗費を含まない右修復工事費用の額を越えないことは、一、2および前段に認定したところから明らかである。してみれば、被控訴人が控訴人に対しその主張の額の負担を命じた点に何ら違法の廉はなく、控訴人の右主張は採用できない。

また、控訴人は、原因者負担金の負担義務者たるべき者が二人以上ある場合においてはその費用を各義務者に按分して負担せしめるべきである旨主張するが、本件真栄橋の損傷が岩沢において控訴人の事業の執行につきなしたものであり、これにより必要となつた工事の費用については控訴人のみが負担義務を負うべきことは前段説示のとおりであるから、右主張はその前提を欠き失当である。

四、次に、控訴人は、被控訴人は昭和三五年一〇月以降本件真栄橋につき五トンの重量制限を設けておきながら、実際は右制限を超過する車両を自由に通過させており、必要な万全の措置をとつていなかつたのであるから、被控訴人の道路管理に過失があるものというべく、この点は負担金の額を定めるにつき斟酌さるべきである旨主張する。

道路管理の権限を有する被控訴人が本件真栄橋につき当時五トンの重量制限を定めていたことは二、2において認定したとおりであるところ、成立に争いのない甲第三号証によれば、本件事故前函館バス株式会社において東瀬棚上浦線一日〇・五往復、東瀬棚若松線一日一往復、東瀬棚宮野線一日一往復、東瀬棚久遠線一日二・五往復のバスを運行しており、これらのバスが真栄橋を通過していたのであるが、右運行に供用されるバスは、自重四・七トンないし五・三七トン、車両総重量七・四八トンないし七・九七トンであつたことが認められる。

しかし、被控訴人が右橋についての重量制限を道路標識により表示していたことは二、2において認定したとおりであり、原審証人小野塚直樹の証言によれば、バス路線のある道路について重量制限がなされたときは、当該官署から北海道函館陸運事務所にその旨の通知があり、同陸運事務所においてはこれを受けてバス路線を有する会社にその旨通知するとともに、車両総重量が制限を超えるときは、当該区間は乗客を降して通過させるとか乗り継ぎさせるように行政指導をしていたことが認められ、また当審証人梅本泰男、当審鑑定証人外崎忍の各証言によると、橋の重量制限は安全性を考慮して定められるため、実際はその倍位の荷重に耐えるものであることが明らかである。これらの事実によつてみると、被控訴人は道路管理者としてなすべき管理上の注意義務を尽していたものというべきであり、したがつて本件に過失相殺の法理が類推適用されるかどうかを問うまでもなく、控訴人の右の主張も採用できない。

五、以上の次第であるから、被控訴人が控訴人に対して発した本件原因者負担金負担命令には控訴会社主張の違法はないものといわなければならない。

第三、してみれば、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 雨村是夫 鈴木潔 山口繁)

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